森博嗣『人形式モナリザ Shape of Things Human』

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こんにちは、はっこんです。

今回の記事ではボクが森博嗣さんの『人形式モナリザ』を読んだ感想を書いていきたいと思います。

※本記事は『人形式モナリザ』を読まれた方に向けて書いたものです

※以降ネタバレを含みます、ご注意ください

ボクはこの作品を読んだのは2度目ですね。

『人形式モナリザ』はVシリーズの第2作目です。

あらすじ

本作は小鳥遊練無が長野県蓼科にあるペンション美娯斗屋でバイトしている中、

瀬在丸紅子、保呂草潤平、香具山紫子が練無を追いかけてバカンスにきたとこから始まる。

蓼科に建つ私立博物館「人形の館」に常設されたステージで衆人環境の中、

「乙女文楽」の演者である岩崎雅代が謎の死を遂げた。

2年前に起きた悪魔崇拝者の不可解な死。

その未亡人が語る「神の白い手」。

またその前日に近くの美術館で「微笑む機械」という絵が何者かによって盗まれた。

「微笑む機械」は乙女文楽の師ある岩崎雅代の愛人である、江尻駿火に弟子入りを申し出ていた、

画家の中道豊の作品であった。

駿火が愛人である雅代に送った「モナリザ」とは。

美しい避暑地で起こった白昼夢のような事件に4人が対峙する。

感想

この作品を読んだのは今回で2度目なのですが、1度目とは全然違いましたね。

1度目ではよく分からないことが多かったのですが、今回で結構回収できたと思います。

今回は発覚した些細なことをメモしながら読んでみました。

  • 練無は長野出身
  • 保呂草は美大中退
  • 林が紅子と結婚したのは27のとき、1年後に息子(へっくん)ができ、6年後に離婚
  • 祖父江七夏にも離婚歴がある
  • 紅子より七夏の方が1歳年下

前作の『黒猫の三角』では偽保呂草(赤井秀和)と保呂草は同郷(長野)の友人となっていましたね。

実は練無も長野出身だったとは、、

まぁ特にこの後の作品でも練無が長野出身であることはそんな関係ないですね。

ただ、保呂草と練無の長野トークは聴きたいかも笑

ちなみに本作から林の部下兼愛人の祖父江七夏が登場しますね。

紅子と林と七夏の三角関係は今シリーズの醍醐味の1つだと思います。

S&Mシリーズでも恋愛描写はありましたが、清純な感じでしたね。

Vシリーズでは結構ドロドロとして大人な感じです。

ボクは案外こっちの方がおもしろいと感じます笑

終盤にある紅子と七夏の言い争いは中々のものでしたね。

七夏を殴り、林のためなら、息子を殺すことができるという紅子、

殴り返し、林のもとへ帰る七夏。

うーん、おもしろい。

また、今回の相関関係は非常に複雑なので、自分で岩崎家の家系図を作ってみました。

いや複雑すぎぃ、、

今作品を読んだ方でボクと同じように岩崎家の家系図を作った方は結構いると思います。

というか作らないと読めないのではないかと思います笑

トリックでは操られてると見せかけて本当は操っている麻里亜、

この時点ではもう岩崎雅代は殺されており、麻里亜の操り人形になっていたんですね。

いろんな方のレビューを見ると、このトリックに気づいている方は結構いたようですね。

そして本作品ラストの麻里亜のセリフ「お義母さま」に真実が全て盛り込まれています。

このラストの1文を読んだとき、ゾッとしました。

ページをめくる行為もうまく利用されていますね。

要するに悪魔の正体は義母である岩崎巳代子であり、

麻里亜も人形として悪魔である巳代子に操られていたってことですね。

2年前には巳代子の指示で自分の夫である亮を、

今回は巳代子の指示で雅代と毅を、、。

最後の1文に強烈な爆弾が設置されてましたね笑

巳代子は雅代から続く魔女の血を恐れ、

解放するために岩崎家の血が流れている者を殺すことにした、

というのが今回の事件の動機になりますね。

客観的に見れば殺人は明らかに悪だが、主観的には救い・解放という意味で善になることもある。

うーん、前作に続き考えさせられますね、、

にしても保呂草は今回は暗躍って感じでしたね。

本物の保呂草が帰国してから初の作品ということもあり、とにかく謎に満ちた状態でしたね笑

(僕の頭の中ではオダギリジョーで再現されてます。)

趣味的な犯行ってとこが痺れますね。

巧みに絵画を盗み出すとこからも、秋野秀和に引けを取らない頭脳なんでしょうね。

ラストでは紅子にはバレていましたね。

秋野秀和は紅子と肩を並べる天才という感じでしたが、

保呂草はそこまでではないが、近いものがあるということなんでしょうかね。

保呂草は黙った。否、私は黙った。じっと彼女を見る。私の目が彼女を見せる。

美しい瞳は、しかし、もう保呂草を見ていない。私を見ていない。

これが人形だ!

麻里亜の背後に見えない糸がある。人の形をしたもの。

糸がずっと遠くへ延びている。その糸で、人のように動く。

人間のように歩き。人間のように踊る。人間のように動き。人間のように憎む。

けれども…どんな人形だって同じ。どんな人間だって同じ。操られている。形ないものに、操られている。

誰が人形を操っている?誰が人間を操っている?人間ではない。人形ではない。

麻里亜は綺麗な人形だった。

私は立ち上がる。もはや私ではない存在が、私を立たせた。糸を引いたのだ。

どこかで…。高い空を見る。糸を探す。彼女は、私を見ない。私もただの人形だからだ。

保呂草潤平

ある意味では読者であるボクらも森博嗣さんに騙され、

操られている人形なのかもしれませんね。(イケボ)

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