森博嗣『四季 冬 Black Winter』

森博嗣 四季シリーズ

こんにちは、はっこんです。

今回の記事では森博嗣さんの『四季 冬』を読んだ感想を書いていきたいと思います。

※本記事は『四季 冬』を読まれた方に向けて書いたものです

※以降ネタバレを含みます、ご注意ください

『四季 冬』は四季シリーズの第4作目です。

あらすじ

「それでも、人は、類型の中に夢を見る事が可能です」四季はそう言った。

生も死も、時間という概念をも自らの中で解体し再構築し、新たな価値を与える彼女。

超然とありつづけながら、成熟する天才の内面を、ある殺人事件を通して描く。

作者の一つの到達点で新たな作品世界の入口ともなる、四部作完結編。

感想

遂に四季シリーズ最終作を迎えました。

いやもう、なんと言ったらいいのか、、

いろいろやばかった。

本作は時系列がバラバラになってます。

おそらく四季の完璧なる記憶力による回想なのでしょう。

時間と空間から乖離している彼女だからできたことですね。

とにかく内容が深すぎて一文一文じっくり読んだけれど、

おもしろくてあっという間に感じてしまった。

本作は四季自身が主格となっており、

四季の心情や思考が明確に表現されていました。

かなり難解な表現が多く、そのままにしている部分もあります。

これまでの作品を読むと、

真賀田四季という人間は天才で、人間味もなく、唯一無二の孤高の存在

といったイメージですが、本作を読むと、

四季にも分からないことがあり、人間が好きで、人間らしい、

これまでのイメージがまるで覆るような、そんな作品でした。

さて四季シリーズ4作揃ったところで、

サブタイトルについて考えてみましょう。

  • 春・・・Green Spring
  • 夏・・・Red Summer
  • 秋・・・White Autumn
  • 冬・・・Black Winter

季節名の前にそれぞれ色がついていますね。

“春夏秋冬”の順に”緑赤白黒”ですね。

お気づきの方も、そんなのとっくに知っているわ!という方も多いと思います。

並び替えると”赤緑黒白”になりますね、そう!

Vシリーズ最終作『赤緑白黒』になるのです!!

ちなみに『赤緑白黒』終盤で四季が登場してこの4色について説明しています。

この色は古来中国の陰陽五行による季節の色だそうです。

  • 春・・・Green Spring→青春
  • 夏・・・Red Summer→朱夏
  • 秋・・・White Autumn→白秋
  • 冬・・・Black Winter→玄冬

昔は緑という表現がなかったらしいですヨ、信号と同じかな?

よく青春時代とか言いますよね、

御察しのとうり朱夏時代、白秋時代、玄冬時代とかもあるらしいですよ。

また1つ知識が増えました。

四季が久慈昌山と対話している場面がありましたが、

そこには驚愕の事実が記されていました。

四季の子である道流のクローンの男性と久慈の曽孫の女性が殺害されたとのこと。

更に、その男性の頭部と女性の体が久慈の手によって結合されたとのことです。

そこには久慈を悩ませる多くの葛藤があったのでしょう。

非人道的な行為と思う人も多いと思います。

しかし、巡り合ったチャンスに、1人の研究者としての本能に逆えずにいたのでしょうね。

ちなみにこの蘇生された人間、百年シリーズの主人公であるサエバミチルですね。

百年シリーズの背景も少し除けた気がします。

その前に、てっきりボクはスワニィの手によって道流の細胞からクローンを作り出したと思っていたわけですが、そうではないようですね。

クローンを作り出したのは久慈昌山、

スワニィは四季に体を眠らせることで老化しない技術を提供したようです。

確かに細胞の冷凍保存技術とか前に言っていた気がします。

他にもいろいろ言いたいことはありますが、

やはり犀川との再会でしょう。

ここでも驚愕してしまうのが、『すべてがFになる』から百年経っていることです。

四季だけでなく、他に人間も平均的に寿命が伸びているのでしょう。

四季の予想から外れてくる犀川、四季の才能を誰よりも高く評価している犀川。

ほんの僅かな会話でしたが、とても深く感じられます。

Fやパンの回想を四季視点で読めるのはかなり嬉しかった。

四季が犀川と会話している間でも頭はグルングルン回転しているんですね。

「分析していただいて光栄です。でも、どこが違いますか?博士と僕は」

「よく似たアーキテクチャのCPUですけれど、そうね、最も違うのは、たぶんクロックでしょう」

「では、あと、百年くらいしたら、僕も博士のようになれますか?」

「そう、百年では無理です」

その百年が過ぎた。

彼は、私に追いついただろうか?

全体的に深く、濃い内容の本作でしたが、ボクが1番感動したのは、

四季が道流と会話しているシーン。

幼い道流からの質問にも、ごまかさず真摯に受け答えしているあたり、

四季もちゃんと母親やってたんだなぁ、娘のことを愛していたんだなぁと

感動してしまいました。

おそらくこの時点では四季は娘に殺される予定だったのだと思います。

一緒にいることのできる短い時間の中で大切なことを娘に教えていたのでしょう。

つい、誰かのためになりたい、皆の役にたちたい、そうして、それを自分の存在の理由にしたい、と人は考えがちなのです。存在の理由を、わからないままにしておけないのね。常に答を欲しがる。それが人間という動物の習性です。

欲しがることは間違いではありません。しかし、答はないのです。完全なる答などありません。それは、貴女が、あの月へ向かって歩き続けることと同じ。月は目標になるけれど、あそこに到達することはできないでしょう?それはわかりますね?存在の理由をいくら問うても、答はないのです。でも、問い続けることは、とても大事なことですよ。

すべてわかってしまったら、なにも試すことができません。なにも試さなければ、新しいことはなにも起こらない。神が試さなければ、この世はなかったでしょう。人もわからないことの答を知りたいと思って追い求める。そこに、優しさや、懐かしさ、そして、喜び、楽しみが生まれるのです。

真賀田四季

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