森博嗣『月は幽咽のデバイス The Sound Walks When the Moon Talks』

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こんにちは、はっこんです。

今回の記事では森博嗣さんの『月は幽咽のデバイス』を読んだ感想を書いていきたいと思います。

※本記事は『月は幽咽のデバイス』を読まれた方に向けて書いたものです

※以降ネタバレを含みます、ご注意ください

ボクはこの作品を読んだのは3度目ですね。

『月は幽咽のデバイス』はVシリーズの第3作目です。

あらすじ

薔薇屋敷あるいは月夜邸と呼ばれるその屋敷には、オオカミ男が出るという奇妙な噂があった。

瀬在丸紅子たちが出席したパーティの最中、衣服も引き裂かれた凄惨な死体が、オーディオ・ルームで発見された。

現場は内側から施錠された密室で、床一面に血が飛散していた。

不可解な現場、篠塚邸の庭にある謎のオブジェ。

紅子が看破した事件の意外な真相とは!?

感想

まずはタイトルにある「幽咽」という単語、あまり馴染みがないですね。

そのままググっても本作品関連ページが出るばかりであることから、おそらく森博嗣さんの造語なのでしょう。

おそらくオオカミ男の正体である謎の獣生物オスカーが電波で届いた主人である神戸の声を聴いて、喜んで鳴いていることを指しているのかなぁと勝手に想像しています。

ちなみに森博嗣さんの造語が作中にでてくることはあまり珍しいことではありません。

『黒猫の三角』で秋野秀和が言った「林選弱桑」という言葉も森博嗣さんの造語ですね。

前作の『人形式モナリザ』は相関関係がとても複雑でしたが、本作品では空間関係がとても複雑でした。

読みながら、オーディオルームの地図を書いた方もおそらくいるのではないでしょうか

(ボクは書いていませんが)

なんとなく、水槽があるなぁ、クラリネットの棚が入って右側にあるなぁみたいな感じでした笑

トリック

  • 中央にあるソファを除くオーディオルーム全体が実はエレベータのようになっており、地下に沈み込む仕掛けになっている
  • 何も知らない歌山佐季がソファにあるエレベータのスイッチを誤って押してしまう
  • ソファ(6m)から落下し、頭を打ち死亡
  • オーディオルームが沈み込みオスカー(大きな獣)が入れるようになる
  • オスカーが歌山佐季の死体で遊び、現場を荒らしてしまった
  • オスカーを庇い、篠塚莉英は鍵がかかったふりをし、状況を混乱させる

複雑な建築設計を利用していること予想していた方はとても多かったと思います。

ボクもそうだったのですが、それ以上のことは予想していませんでした。

複雑な空間だったので何がどうなってもおかしくないと思い、予想をやめたんですね。

まぁ推理小説を読むときはいつも予想しないでそのまま読み進めるタイプの人間ですが。

紅子とへっ君との会話で、植物の導管に関するものがありましたが、それも伏線でしたね。

というか小学生に気圧と真空について教える紅子もおかしいですが、それを小学生ながら理解しているへっ君もおかしいですね。

やはり天才の産んだ子なだけありますね。

個人的にはS&Mシリーズ第3作目『笑わない数学者』に似ていると思いました。

別シリーズですが、どちらも第3作目であることはなにか関係があるのかもしれませんね。

個人的に気に入っているのは、七夏が紅子を無言亭まで送るシーンですね。

紅子と林の息子であるへっ君を見て、涙を堪えながら何故か昔の記憶を思い出してしまう七夏、

そのシーンを読んで、ボクにも共感できるなにかがありました。

祖父江七夏はVシリーズの登場人物の中でも、最も人間味のあるキャラだと思います。

あと、練無が終盤で活躍していて、嬉しかったですね。

紫子もなんか元気でよかった(語彙力)

アート・ギャラリィ・プレジョン商会、

プレジョンという単語について紅子は、「英語じゃないのね」と言っています。

おそらく、「プレジョン商会」をアルファベットにすると「purejonshokai」、

並び替えると「horokusajunpei」ですね。

森博嗣さんの作品ではこのようなアナグラムがとても多く、作中では明かされないものもあります。

読者の心をくすぐるのが上手ですね笑

保呂草は篠塚宏邦に美術館から盗んだ絵を売りつけたんですね。

エピローグを読んだところ、おそらく保呂草は売りつけた絵を再び盗むために、篠塚邸に忍び込んだのでしょう。

前作同様保呂草は暗躍ですね、というかVシリーズは紅子は表から事件の謎を解き、

その逆に保呂草は裏から事件の謎を解くという感じですね。

今回のことで私が学んだ教訓は、人はすべての現象に意図を見出そうとする、ということだ。

学生時代、授業中だったが、私は机に落書きをして、先生に叱られたことがある。

先生は「何のためにそれをしたのか?」と質問された。私は答えることができなかった。

悪戯をしてやろうとか、机を汚してやろうといった意思は、私にはまったくなかったからだ。

私の手が動くのを、じっと見ていたに過ぎない。それ以外に説明のしようがないのだ。

このように、人がなした行為でさえ、無意識、無意図のものが存在する。

人は常に理由を持って行動するのではない。

それにもかかわらず、常に理由を探そうとする。

保呂草潤平

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